タイの最近のブログ記事

日本で私の家は犬を飼っている。
有希の家は猫を飼っている。
飼っている以上、もちろん愛情を持っていて、どうやら動物の方も人間のことが大好きで、それが伝わってくる。

でも、自分のペット以外のことを私はあまり考えたことはなかった。
動物のことで唯一私が意識しているのは、動物実験している化粧品会社の物を使わないこと。
もちろん動物実験が医学の発展などに役立ったことを考えると、一概にそれを悪いことだとは思っていない。
ただ自分の肌に直接使うもので、「動物実験をしないと人にどう影響が出るかわからないような物質が入っている」というのは嫌なのだ。
それに何かを犠牲にして自分の外見を装うことに、何の意味があるのか私にはわからない。

話しはそれてしまったけれど、SMILE EARTH PROJECTとしては人間だけでなく、自然と他の生き物と共生できる社会の一端を担いたいと思っている。
それがSMILEのたくさん生まれる世界だと思うから。
自然がなくなれば人は生きていけないし、逆に生き物が全ていなくなっても、今の自然が育つ土台の肥料を十分に保てない。
今の地球が成り立っているということは、食物連鎖の奇跡だけれど、そういうことは本で勉強できる。
そして絶滅の危機に瀕している動物がたくさんいることは知っていて、どうにかしたいと思っても、問題が大きすぎて私達にはどうしようもない。
もっと自分達で何か出来るレベルのことはないのだろうか。
実際にその土地で生き物がどういう扱いを受けているのか、そういうことを伝えた方がみんなにも出来ることを考えやすいと思う。

身近な生き物のこと、自分で見て感じたい。
その思いから、タイのチェンマイでアメリカ人をオーナーに持つ動物シェルターに見学したいとお願いし、シェルターの仕組みを観察させてもらい、半日間犬や猫と遊ばせてもらうことになった(この手続きは旅の同行者で親友の絵描きのかんなちゃんがしてくれた、ありがとう、かんなちゃん)。

タイの動物シェルター、タイは日本ほどペットという概念が発展していないので、動物を大切にするという感情が日本ほどにはない。
だからそんな施設があるというだけで、最初は驚いた。
いったいどんな施設なんだろう。
ワクワクしながら、アメリカ人のオーナーと一緒に施設に向かった。
大きな庭のある家についた。
たくさんの緑の残る家には高い門があり、犬たちが飛び越えられないようになっている。
犬たちはものすごくジャンプ力があるのだ。
主人が来たことが動物達には敏感に分かるようで、犬がみんな門のところに集まってきた。
中に入っていくとみんながオーナーに飛びつく。
やっぱり犬の忠誠心はすごい。
大きな犬が飛びついてくる様子に、有希は及び腰になっている。
正直、ちょっと怖い、というのが最初の印象かもしれない。
みんな人間に捨てられたり迫害を受けてきた犬たちだから、次に続いた私達にはなかなか懐かなかったけれど、しばらく側にいるとだんだんと近くによってきて甘えてくれるようになった。
素直にうれしいし、なついてくれると現金なもので途端にかわいく見えてしまう。
犬とじゃれあっている時間は幸せ。
本当、私達って愛情によって関係が成り立つ生き物だ。
人の感受性って言うのはすごい、好きだと言う気持ちが伝わってくるとこちらも優しい感情を持ってしまうのだから。

それにしてもここのシェルターは変わっていると思う。
病気だとか、他の犬に噛み付いてしまうとかそういった特定の理由を持つ犬はそれぞれのケージがあるけれど、後はみんな庭を自由に走り回っている。
日本でシェルターと言うと、それぞれの犬がそれぞれのケージに分けられていて散歩の時しか出歩けないようなイメージだった。
このほうが犬が元気に跳ねっかえり、本来の姿のままきびきびと幸せそう。
へ~、いい感じの場所だな、素直にそう思った。
猫は他の場所にいて、猫にもやはりケージはなく、与えられた庭の一部分を自由きままに動き回っている。
やっぱり猫も本来の姿のままのんびりしているように見える。
犬や猫、彼らの個性を大切にしていくことが、動物を大事にしていくことなのかもしれないな、生き生きとした目の動物達を見て思った。

それぞれの犬、猫にはカルテがあった。
拾ってきた時の様子も書いてあるし、写真つきで成長を追ってあり、アルバムのようなになっている。
みんな避妊手術や予防接種を受けていて、その記録も細かくつけられている。
誰が見てもどんな犬か猫かわかるようになっているのは、世話がしやすいだろうと思う。

最初、私は避妊手術がひどいことだと思った。
でもここには、彼らの子どもを育てるより、他の野犬や野良猫を保護したいという意向があるのだった。
そして子宮があると病気になりやすいともきいた。
野犬や野良猫の扱いはひどいもので、もともとそれを守るために作られたシェルターがここなのだ。

私はなんだか複雑な気持ちだった。
犬や猫にとって何が幸せなのか私に推し量ることはできない。
もっと勉強も必要だ。

でも少なくとも、ここの動物達は幸せそうに見えた。
そして、日本よりも動物と人間の関係が平等に見えて、それがすがすがしく感じられた。
世話をしている主なタイ人たちは、オーナーに雇われて働いている有給の人たちだけれど、大学生のボランティアなども来るらしい。
みんな毛をとかしてあげたり、病気の犬のマッサージをしてあげたりと、動物に愛情をたくさん持っている。
ここから少しずつ動物を守りたいとか、動物ってかわいいものだなという感情が育ち、広がっていくことを思うと、この施設がここにあることの有意義さにちょっと胸を打たれる。
ここに施設を作ったオーナーは偉い。
アメリカで半年働いたお金をほとんどここで使ってしまうと言うのだから、彼の動物好きの精神には脱帽である。

ここでわかったことは、そういう取り組みをがんばってくれている人たちがいるということ。
世界にはもっとたくさんの活動家がいることだろう。
とにかく動物を愛する一つの形を見ることが出来て、私にはそれだけでも収穫だった。
ひとつ、私には目標が出来た。
動物にもっと敬意を抱くこと。
私達の暮らす環境の一端に彼らがいるということ、常にそれを忘れずにおきたいと思ったのだ。

カンチャナブリ戦争博物館

ここに示すのは歴史の一事実であって、すべてではない。
日本の第二次世界大戦にはもちろん悪い面ばかりではなく、植民地体制の打破ということに関しては良い面に動いたという事実もある。
良い面からも悪い面からも私たちは目を反らしてはいけない。
ここでは日本軍のために犠牲になった人たちについて書くことになるが、それだけだとは思わないで欲しい。

カンチャナブリの戦争博物館「JEATHミュージアム」に足を伸ばした。

この博物館は第2次世界大戦中にかけて日本軍によって行われた「死の鉄道」(泰緬鉄道)建設に関する遺品の展示・保存のために設立されたもの。映画「戦場にかける橋」のモデルともなった有名な橋だが、日本軍の輸送網切断のため連合軍の格好の標的となり、とくに多くの犠牲者をだしたところでもある。

JEATHミュージアムの名前の由来は、鉄道敷設の当事国である日本(Japan)、捕虜兵の国である(英国England,米国America、オーストラリアAustralia,オランダholland)、そして建設地となったタイ(THAILAND)のそれぞれの頭文字をとったものだそう。

泰緬鉄道、別名「死の鉄道」はビルマ・インド戦線へ軍需物資を送るための輸送路として計画された。この難工事には約三〇〇〇〇人の連合軍捕虜兵士、10万人以上のアジアの強制労働者(中国・インドネシア・ビルマ・マレーシア・インド・シンガポール・タイ)が投入され、捕虜1万6千人、アジア人労働者10万人のほとんどすべてが、熱帯のジャングルのさまざまな疫病にかかり、医療品の不足などで死亡しました。連合軍捕虜の死亡者の記録は、ほとんどが集められ共同地に埋葬されているが、名もなきアジア人労働者たちは今も密林に奥深く眠っている。

上記の文はJEATHのチケットカウンターに置いてある川上氏の案内文を要約させてもらった。
博物館内には、その他にも当時の捕虜の生活を伝える絵や数少ないが写真も飾ってある。
拷問の絵などは見ていて気分が悪く暗くなる。

その中で目を引くのが、日本の長瀬氏という方が坊主頭に丸めてお祈りをしている、彼がカンチャナブリの橋の袂に寺を建てた時の写真だ。
博物館の展示によると、彼は第2次世界大戦中、通訳士として鉄橋の工事にかかわり、コレラやチフスで死んでいく人々を見て心を痛めたそうだ。
そして、戦争に負け敗残兵として日本に帰る際には、タイの政府が食料を援助してくれて帰ることができ、タイに感謝したという。
日本に帰ってからも30度以上慰問に訪れ、日本でタイ人の学習の機会を作り、さらにタイで平和基金を作り、彼の教え子たちが今も貧しい子どもや学生に奨学金を出し続けているそうだ。
そして、鉄橋の下に慰問のため寺を建て、平和への祈りをささげた。
このお寺にはタイ人女性の協力者がいる。
彼女は慰問に国家は関係ないと長瀬氏に共鳴し、土地を無償で長瀬氏に明け渡したという。
私はそれを読んだときに、なんだか泣きたくなった。
ひどいことをしてしまった日本だが、タイ人の1人でも私たち日本人に慰問を許してくれるという。

戦争というのは人を人では亡くしてしまう。
正気であれば拷問など出来るはずないと私は思うのだが、極限まで追いつめられた戦争の状況下ではそういうことが多々起こりえる。

私たちはそういうことがあった事実を忘れてはいけないのだと思う。
戦争が決して起こらない為に、知りたくないような悲惨なことにも目を向けなければならないのだと思う。

博物館には長瀬氏の像が建てられている。
タイと日本を彼は私たち日本人みんなの代わりに結んでくれた一人なのだと思うと、自然に感謝の念が湧き起こった。

アーカイブ