2009年8月アーカイブ

幸せな出会いを生むアルファラット村

シリアの青年海外協力隊隊員タカ君と出会い、「僕のもうひとつの家族に会いに行こう」と連れて来てもらったアルファラット村。
アレッポから車で約1時間東に行ったところにあるマンベジという町の、さらに車で約30分東に行ったところにあるのが、人口3000人くらいののどかなこの村だ。
電気やガスはあるが、水道はなく、乾いた大地に住み、男性のほとんどが生活資金を得る為に出稼ぎに町に出ているという。
1つの家族の子どもの数は、平均7人といわれていて、ほとんどの家族が10人くらいの大所帯。

アルファラット村で訪れたのは、タカ君がアルファラット村の保健センターで活動している時に知り合った掃除夫さんの家。
お父さん、お母さん、3人の姉妹、2人の兄弟がいる。

私たちが行った日には親戚の女性も5人以上来ていて、とても賑やかだった。

じつはこの日、タカ君の誕生日。

タカ君が彼ら家族に「お祝いをするからうちにいらっしゃい」と招待されていたのだ。
私達はそこに何の前触れもなく、一緒におじゃまさせてもらった。

いきなり外人が家に来るというこの状況、いくら友達の友達とはいえ、迷惑なんじゃないだろうか。

しかもここはシリアの首都ダマスカスのように、外人の闊歩する観光地ではない。

もちろん、地球の歩き方にもロンリ-プラネットにも載っていないシリアの田舎の村。

外人なんて青年海外協力隊の人くらいしかこないだろう。

突然お邪魔したら、びっくりして戸惑ってしまうのでは・・・・・・。

でも、そんな予想は見事に裏切られた。

まったくの初対面、まるっきり部外者の私達を、その家族は「来てくれてありがとう!」と温かくもてなしてくれたのだ。
最初は少し緊張していた私達も、家族の笑顔と相手を思いやったおしゃべりにすっかり心を溶かされてしまった。

初対面の人に対して、どうしてこんなに親切なもてなしが出来るのだろう。
彼らはまず人を悪く思ったりしないのだと思う。
自分達と同じ人間として尊敬を持って、接してくれている。
少し打ち解けると、相手を褒める言葉や「大好き」という言葉がすぐに出てくる。

彼らは私たちが旅人で、アルファラット村にもうきっと来ないということを知っている。
それなのに、どうしてというくらい優しくて、私は少し泣きそうだ。
お母さんは、私に「何色が好き?」と聞いて、私が「赤」と答えると赤いベルベットの生地でポーチを作ってくれた。
「これで、私達の家に来たことを忘れないでしょう?シリアに来たらいつでも戻っていらっしゃい」と言ってくれた。
せっかくシリアに来たのだからと、シリアの伝統的な衣装を着せてくれて、写真を撮らせてくれた。
娘のブトゥレちゃんは、私が何をするのにも手伝ってくれて、朝私が起きたのに合わせて自分も起きて、いろいろお世話してくれた。
13歳の日本人が同じことをできるなんてとても思えない。
ものがたくさんあるわけではないのに、子どもたちみんなが「私の宝物、私を忘れないでね」とキーホルダーや自分のアクセサリーをプレゼントしてくれた。
善意の塊のようなその行為に、私はすっかり参ってしまい、彼ら家族の皆が大好きという状態に2時間もしないうちになってしまった。

一緒に連れてきてくれたタカ君が「お客さんが来ることはとてもうれしいことなんだよ」と教えてくれた。
確かに、彼ら家族と一緒にいると「来てくれてうれしい」という気持ちがびんびん伝わってきて、とても居心地が良い。

シリアで初めて出会った家族に、こんなに幸せな気持ちをもらうことになるなんて・・・・・・。

そういえば、ここに来る前に出会ったイスラム教の博士も「ゲストを招くことほど、天国に近づくことはない」と言って、幸せそうに私達に食事を提供してくれた。


私も誰かを家に招いたら、心から喜んでもてなせるようになりたい。
それはお互いにとって、きっととても幸せなことなのだ。

こんなことがあって、私はすっかりシリアの人を尊敬し、シリアが大好きになってしまった。
同じように、初めて出会った私達に、親切に、そして熱心にシリアを案内してくれたタカ君のことも大好きになってしまった。
出会いを喜ぶことは、きっと幸せな出会いを生む条件。
幸せな出会いは、幸せな未来を作っていく。
いつも出会いを喜べる人間、そういう人に私もなりたい。

平和を導くイスラムの教え

シリアに来て驚いた。
人の温かさ、柔らかな笑顔、もてなし上手で面倒見の良い人柄。
なぜだか、シリア人は外人の私たちに対してとてもウェルカムで、優しい。
家に誘い、お茶を出して、通りがかりの旅人に食事まで作ってくれる。
何でなんだろうと、とても気になった。
その答えのひとつが、イスラム教の教えらしい。
シリアの優しい人々を導いているイスラム教、イスラム教は全ての正しい道を示しているのだと彼らは言う。
日本では偏見ばかりが目に付いて、興味を失いがちだけれど、イスラム教のことを聞けば聞くほど、すばらしい教えが散りばめられていた。
青年海外協力隊のシリア隊員とともに、私たちはマンベジという町のイスラムの宗教博士ムハンマド・ヤーセル・ムハンマド・フセイン氏のもとへ、インタビューに伺った。
インタビューで聞いたこと、博士の答えた内容をそのまま掲載するので、これを読んでイスラムの教えの素晴らしさをちょっと知ってもらえたらうれしい。
もちろん私はイスラム教徒じゃないけれど、学びたいところがたくさんあった。
そして、今まで少しあった偏見の目をイスラム教徒に向けることがなくなった。
これってすごい!人類愛に向けて私は強烈な一歩を歩んだと思う。
世界にはいろいろな教えがあって、素晴らしい考え方もたくさんあって、それを実践できている人たちを、すばらしいなぁと素直に思ったのだ。
長いインタビュ-の全ての問いに真剣に答え、笑顔を絶やさずもてなしてくれた博士と、長い時間、根気強く丁寧に通訳してくれたシリア隊員のタカに感謝します。
ありがとう。

とても長いインタビュ-なので興味のある質問のみを読んでいただいても構いません。
イスラムに興味がある人もない人も、面白い内容だと思います。
以下、インタビューの内容です。

1 イスラム教徒の生きる意味とは?
「助けること。自分より他人を大切にすること。イスラム教徒は、こういったハサナ(イスラムの善行)を積むことにより、天国へ近づくことができる」
2 イスラム教徒の幸福とは?
「神と向かい合う幸福と、人と向かい合う幸福のふたつがある。神に向かい合う幸福とは祈りをささげること。人と向かい合う幸福とは、周りの人のために仕事をすること、家族を養うこと、子どもに教育を与えること、孤児に奉仕することなどがあげられる。神と人のために奉仕することにより、ハサナ(善行)が積まれ、天国へ近づき、自分も幸せになることができる」
3 あなたの生きる意味とは?
「二つの天国のために貢献すること。私が人々に教えることにより、この世を天国のような平和な世界にしたい。私が導くことにより、みんなが死んだ時に天国へ行き、平安に暮らすことができるようにしたい。人を導くことが、私の幸せであり、また自分もそれによりみんなと一緒に天国に近づいている」
4 あなたの幸福とは?
「周りの人が幸せを感じている時が、私の幸せな時。自分の利益より、他人の気持ちの方が大切だとコ-ランも教えている。人を愛することは神を愛することに似ていて、人を助けることは神に奉仕することでもある。」
5 あなたにとって一番大切なことは?
「イスラムの教えを知ってもらうこと。私達は天国という平和、幸福に近づくバスに乗って人生を旅している。それはイスラムの教えを深く知り、実行することにより乗ることのできるバスである。1人でも多くの人をこのバスに乗せることが私にとって一番大切なことだ。周りの人が、地獄に落ちると思うととても悲しい。1人でも多くの人と天国へ行く喜びを分かち合いたい。この世には、いろいろな悪事・事故があるが、イスラムの教えを知り、実行することによって、平和で幸福な世の中に近づいていくことができる」
6 平和とは何か?
「愛し合うこと。イスラムの言葉、アッサラーム・アレイコムはあなたの上に平安を、という意味がある。この言葉を掛け合う時、その人を思いやり、怖い思いを与えないようにしようと努力し、平和を分かち合うことが出きる。」
7 どうしたら平和な世界になるのか?
「平和の為には3つの重要なことがある。1つは神のために行動すること。なぜなら幸福を与えるのは神だから。1つは人は皆同じように愚かなところも持っているが、それを受け入れ尊敬し、好きになること。1つは協力し合い、お互いの持つお互いのいい所を出し合うこと。地球にある全ての知識を、地球の為に使っていくこと。」
8 全ての宗教が平和を望んでいるのに、どうして世界は平和にならないのか?
「皆、口だけで行動が伴っていない。軍人だけでなく市民も殺されている。自分だけが豊かだったら良いという考えを持つ人がいる。ヨーロッパとアフリカの関係がそれを物語っている。イスラムはお互いを平和にしようとしている」
9 ビンラディンに対してどう思っているのか?
「彼はイスラム教徒として正しい道を歩んでいない。軍人以外をイスラムは殺してはならない。9.11は悪いことだ。しかし、アルカイーダという組織は政治が作ったものであり、ソ連がアフガニスタンを攻撃したのに対し、アメリカが対抗して作った組織がアルカイーダの原型となった」
10 男性と女性は平等なのか?
基本的には平等である。教育・宗教・巡礼・生活などについては平等であるべき。しかし、イスラムでは男性が、家、結婚、生活などにかかるお金を全て払う義務がある。そのため、遺産なども男の子どもに多く渡される。女性はお金を稼ぐ必要はない」
11 重婚が認められているが、女性の権利を軽んじていないか?
「重婚とはセックスのためにするものではない。例えば離婚した母親に子どもがいたとしたら、それを1人で養うことはとても大変なことだ。彼女を新しい妻として家族に迎え入れることにより、彼女の負担も減り、子どもも安定した生活を送ることが出来るようになる。また、1人目の妻が病気になってしまい、家事や農業など働くのが辛くなってしまった時、もう1人の妻と結婚することにより、1人目の妻は労働から解放される。1人目の妻に子どもができなかったとき、彼女はその責任に辛い思いをするが、もう1人の妻がいたら、その責任は軽くなり辛い思いから開放される。家というシステムを考えた時、これは補助的で慈悲深いシステムである」
12 なぜ女性は重婚できないのか?
「理由は3つある。まずはHIVなどの感染症の拡散を防ぐ為である。もう一つは子どもの父親が誰かわからなくなると言う点である。もうひとつは女性は男性の家に通っていろいろな男性とセックスしたいとは思わないだろうという点である」
13 夫が重婚することにより生まれる女性のジェラシーについてはどう思うか?
「夫が結婚もしないで、いろいろな女性と浮気をするよりもいいのではないだろうか。私達は家族をとても大切にするので、家族になったら女性同士も協力していこうと考えることができる。男性はまた、2人以上いる妻たちに優劣をつけてはならない。家も、子どもへの教育も、愛情をかける量も。もし、男性がイスラムの教えをきちんと理解せず、2人以上いる妻たちを平等に扱うことができないようなら、女性は男性と離婚する権利があり、また男性は天国にいけず、地獄に落ちる」
14 家族とは?
「夫婦と子どもだけの小さな家族と、さらに夫妻の父母兄弟を足した大きな家族という考え方がある。もし、離婚したとしても、一度家族と言う関係になった人なら、その関係に終わりはない。父方の父母とは一緒に住むことが多い。一緒にすまなくても近くに住み、何度も会う。おじいちゃん、おばあちゃんが家に来るということは素晴らしいこと。だいたいの場合、妻の父母は妻の男兄弟と一緒に住むか、近くに暮らすが、もし男兄弟がいなければ、妻の父母も一緒の家で暮らすことがある」
15 シリアでは子どもの数が多いが、子どもとはどういう存在か?
「親の教えを、子どもが受け継ぎ世界に広げ、世界の役に立つことができる。また年を取った親の面倒を見てくれる。子どもが生まれるのは素晴らしいことだが、数が多ければいいというものではない。計画的に子どもを生むほうが良いだろう」
16 子どもを育てる時に大切なことは何か?
「教育。次に食事。コーランにもそう書いてある。」
17 最高の愛の表現とは何か?
「大好きだと言葉で伝えること。次に相手の喜ぶ行為をすること。手伝いやプレゼントなど」
18 この世で一番大切な言葉は?
「愛している」
19 この世で言ってはならない言葉は?
「人を不愉快な気持ちにさせる言葉、けなす言葉は言ってはならない」
20 この世で一番大切な行為は?
「お互いが笑顔であること。相手に親切であれば、いつもみんなが笑顔で幸せな気持ちでいることができる」
21 この世で悪い行為とは何か?
「イスラム教徒でないこと。次に殺人、詐欺、不倫。イスラム教でないということは悪いことではあるが、宗教は自由であり、相手の行いによって尊敬したり、友達になることもできる」
22 異教徒に対してどう思っているのか?
「知らない人という捉え方をしている。しかし、全ての人をイスラム教徒へ強制的に改宗させるのは良くないことだ。イスラム教のことを知って、好きになってもらいたい」
23 死んだらどうなるのか?
「お墓で審判の日を待ち、審判の日になると大地が二つに裂ける。現世での行ないにより天国か地獄へ行く」
24 魂はあるのか?
「魂があるので、天国でも地獄でも新しい体を持ち、新たな人生を歩むことができる」
25 天国はどういうところ?
「目で見たり、耳で見たり、頭で想像したりできないほど素晴らしい世界。望んだ物は全て望んだ以上の姿で目の前に現れ、欲しい物はすべて手に入れることができる。不死で子どもを生むこともない。神様が天国で過ごしやすいような姿形を与えてくれる」
26 地獄はどういうところ?
「500℃くらいの灼熱の世界。常に飢えと乾きで苦しむ。火山が爆発し、火傷をする。鞭で叩かれる。しかし、傷ついた体はすぐに回復し、永遠に痛みや苦しさ、飢えや乾きから逃れることができない」
27 輪廻転生するのか?
「この世での人生は一度きり。天国、地獄に一度行ったら他の場所に行くことはできない」
28 アッラーはどこにいるのか?
「人間以上に偉大な存在を、人間に推し量ることはできない。最後の審判の時、私達の思考も拡がり神を見ることができる」
29 イスラム教とはなにか?
「全ての正しい道を示している。世界を美しい天国へつなげている」
30 ラマダーンはどうして必要なのか?
「ラマダーンを通して、世界の貧しい人達と同じ気持ちを味わうことができる。ラマダーンの最中は貧しい人にお金をあげたり、日が暮れたあとに食事を共にすることを奨励している。また、1ヶ月胃を休めることは、体のメンテナンスにつながる。ラマダーンの最中は、日の入りのお祈りが普段4回なのに対して、20回のお祈りをする。心を清め、さらにはいい運動にもなっている。イスラムは人が快適にリラックスして暮らすためにある教えなのだ」

以上、長いお話をしてくださったお礼を私たちが伝えた後に、博士は食事に自分の家へ招待してくださいました。
そのときの一言が忘れられません。
「人として美しい行為をアッラーは見て評価している。ゲストを招くこと以上に天国に近づくことはない。」

エチオピアのコーヒーと貧困

エチオピアに来てから、毎日コーヒーを飲んでいる。
標高が高くて、夜は白い息が出るくらい寒いから、コーヒーで体を温めたくなるのだ。
それにエチオピアはコーヒーが本当においしい!
ミルク入りのマキアート、日本よりおいしいのではだいだろうか。
こんなにおいしいコーヒーをそこらじゅうのカフェで飲むことができるのが、エチオピアの首都アディスアベバだ。

しかし、アディスアベバを歩くと、カフェでコーヒーを飲む余裕なんて微塵もなく、路上で物乞いをしている人がたくさんいる。
貧富の差が激しい。
道路にはベンツが走っているのに、道路の脇では栄養失調からか、力尽きた路上生活者が倒れている。
この風景があまりにも普通で、倒れている路上生活者に声を掛ける人も見なかった。
貧しい農家から仕事を求めて首都にやってきてもエチオピアの失業率は80パーセント。
仕事を見つけるのは本当に難しいだろう。

おいしいコーヒーを作るコーヒー農家も例外ではなく、たくさんの農家が飢餓に瀕している。

最近、映画「おいしいコーヒーの真実」が公開された。
日々、口にするコーヒーが、エチオピア農民の貧困の上に 成り立っているという告発的なドキュメンタリーで、生産地に配慮したコーヒーを消費者が選ぶ重要性を訴えている。
映画の舞台となった2003年と04年は、ベトナムコーヒーの増産などでコーヒー豆が世界的に供給過剰となり価格が大暴落した。
映画では、エチオピアのコーヒー農家が麻薬作物の転作に手を染める姿も描かれている。

国民のほとんどが農業をしているのに、なぜ飢餓で苦しむ必要があるのだろうか。

「緑の革命」はエチオピアに餓死者を増やした原因のひとつだ。

大分前にテレビ番組「あいのり」でも「緑の革命」のことがとりあげられていて、そこでメンバーに、アベベック・ゴベナさん(エチオピアのマザーテレサと言われている人)がアフリカの貧困の原因を説明するシーンがあった。

わかりやすいので、ここからあいのりのシーン抜粋↓

「緑の革命。」

ある日、先進国の人が貧しい国にやってきた。
先進国の人「今までより、たくさん作物が実る種を開発したんです。トウモロコシは2倍、小麦は3倍もとれるんですよ。どうです、これが『緑の革命』ですよ!」
貧しい国の大臣「うん、それは、素晴らしい話だ!」
こうして貧しい国は新しい品種の種を先進国から買った。
そして、政府から新しい種を手に入れたお金持ちの地主は、自給自足の生活をしていた人から土地を買い上げ、よりたくさんの作物を収穫するために、大農地を作った。
しかし、金持ちの地主「こんな広い土地に水や薬をまくにはどうしても機械が必要だ」
結局地主は、トラクターや散水車など高価な機械を購入。
そして農民たちに・・・
金持ちの地主「悪いけど、明日からもう来ないでくれ」
農民「え~!?」
土地を奪われた農民達は、仕事までも奪われてしまった。
緑の革命で農地改革を果たした先進国は更に自分達の思惑を通すべく、追い討ちをかけた。

アベベック・ゴベナ→「私たちアフリカの国々は先進国の嗜好品を作らされたのです」
 
先進国はアフリカの国々に自分達の食料を作る畑を潰させ、タバコ・ピーナッツ・カカオなどの嗜好品を集中的に作らせたのだ。
しかし、収穫された作物の買値は安く、アフリカの人達はどんどん貧しくなり、食べるものまで失ってしまったのだ。
メンバーはケニアのスラムでもたくさんの子供が飢えと闘う姿を目にしてきた。その背景には、多くの農家が紅茶作りに従事している事実もあった。
アフリカでは他にも、エチオピアでコーヒー、ギニアではパイナップル、ガーナではカカオ、セネガルではピーナッツなど・・・
ヨーロッパの為にアフリカの人達が、アメリカの為に南米の人達が、そして日本の為にアジアの人達があまりにも安い賃金で働いている。
アベベック・ゴベナ→「先進国の人達が嗜好品に囲まれた優雅な暮らしを送れるのは、貧しい国の人達が安い賃金で働いているからです」

抜粋ここまで↑

エチオピアで飲むコーヒーはおいしい。
こんなにおいしいコーヒーを作っているのに!と思うとなんだかいたたまれない気持ちになった。

JICAがエチオピアの村民開発の一環でコーヒー生産者の支援をしていて、そこには最近日本企業の「生活の木」の社長がここを訪れたそうだ。
「生活の木」では企業の社会的責任という立場から、エチオピア産コーヒーのフェアトレードをはじめようとしている。

エチオピアのコーヒーは日本にいっても十二分に通じるおいしさである。
いやいや、エチオピア人の味覚はコーヒーに関しては日本人以上にするどいかもしれない。
そうでなければ、別にコーヒー派でもない旅人の私達が一日に3回もコーヒー屋をはしごするはずがない。

もし、輸入が始まったら日本でも気軽にエチオピアのマキアートが飲めるようになるだろう。

日本でも気軽に飲んでいるコーヒーだけど、これまでコーヒーの生産者のことを真剣に考えたとはなかった。
アフリカに来て、実際に貧しい人をこの目で見てなかったから、きっとずっと気付かなかったかもしれない。
生産者がいないとおいしいコーヒーも飲めなくなってしまうのに、私達はこれまで本当に無関心に生きていた。
生産地に配慮したコーヒーを消費者が選ぶことが、直接貧困の解決につながっていく。
日本に住んでいても、遠くエチオピアを思いやることができるのだ。

ちなみにエチオピアのコーヒーをフェアトレードをはじめている会社もあったので紹介。
http://www.phoenicia.jp/andromeda/index.html
私達日本人にとってエチオピアのイメージは決していいものではないと思う。
いろいろなボランティア団体がエチオピアのがりがりの子どもの写真を公開し、深刻な飢餓状態を救おうと訴えている。
そこに写った子ども達はみすぼらしい格好をし、泥の小屋に住んでいる。
だから、私にとってエチオピアのイメージはとても貧しい、砂埃の舞う荒地だった。

だから私は驚いた。
美しい自然、溢れる緑、色とりどりの鳥が舞う楽園さながらの大地。
エチオピア、この高原には本当に豊かな生態系が息づいていた。
南部では、バスの車窓から様々な種類の鳥や猿、鹿科の動物を眺めることができる。

エチオピアの南部の少数民族を訪ねて旅していた。
彼らは藁葺き屋根の家に今でも住みつづけているが、旅人を敬愛の心で迎える心の豊かさを持っていて、感動させられた。
家にはいると、もてなしのためにわざわざ薪を燃やしてコーヒーを入れてくれた。
そして、なんと快く泊めてくれたのだ。

確かに家は質素だったけれど、日本人が持っていないものを彼らが持っているのではないだろうか。

私たちの泊まったハマル族はみんな優しかった。

そして、みんなが朝は太陽の光に溢れ、夜は無数の星が煌く自分の村を愛していた。

私たちがどれだけ、自分の住んでいる土地を愛しているかわからないけれど、ここに住む人はエチオピアの土地が心から大好きなのだ。

南部にはほかにも70以上の民族と言語グループが存在しているらしい。
エチオピアの民族は、驚くべき多様な文化を有している。
北部にもキリスト教正教会のアビシニア王国の古い伝統がある。

エチオピアのアビシニアの大平原は、二つの巨大な高原台地上に位置し、真ん中が大地溝帯によって分割されている。
東はソマリア、オガデンの灼熱の砂漠、西はスーダン、そして北はアフリカ大陸プレートがアラビア・プレートにぶつかるダナキル地方となっている。
そこから標高は次第に上がり、半乾燥性の低地や所々に分散する熱帯林を経て、山地の森林、そして標高4000メートル以上のセミエン、バレ、グッギ山脈の斜面に位置する草原にいたる。
そして、これら全ての地域に多くの固有動植物が分布している。
エチオピアの生態系の多様性は、その文化の多様性に劣らず、アフリカ大陸では横に出る国はないそうだ。
エチオピアはまさに大自然の宝庫なのだ。

エチオピアに来た時、南部の民族も含め、マネーマネーと手を出してくる人が多かった。
本当に絶え間なく金銭を要求されるため、何て旅しにくい国なのだろうと感じた。

よく考えてみたら、旅人の落とす観光による現地の収入と言うのが地元の人には見えにくいのかもしれない。
そして、アフリカの貧困とは先進国が生み出した物だと言う意識もあるのかもしれない。

エチオピアは他のアフリカ諸国に比べ、観光ビジネスに遅れを取っているらしい。
ツアー運営業者らは、観光ビジネスを個人の利益獲得の手段のみととらえる傾向があり、一部の地域では、地元文化の搾取につながってしまっているという。
その結果、地元コミュニティーが疎外されてしまい、訪問者の体験が損なわれ、業界に悪影響を与えているというのだ。
更にはコミュニティーが利益を受けるチャンスは失われ、観光は有益な効力ではなく、破壊的な影響を与えるものと化してしまう。
このような現象は、特にエチオピア南部において見られているそうだ。

そんな話しを聞いたのは、エチオピア南部のコンソという町だった。

ここにはイチゴ畑エコロッジ(Strawberry Fields Eco Lodge, SFEL)と言う場所がある。
ここでは、そういった悪い風潮に立ち向かおうとしているプロジェクトが行われていた。
SFELのねらいは、観光とコミュニティー発展活動を融合させ、コミュニティーが観光の利益を実感できるようにすることだそうだ。
コミュニティーに根ざした文化体験プログラムにより、訪問者がより深く現地社会と交流することを促進している。
じつをいうと、私はここに行っていない。
コンソ最後の日に、このエコロッジのことを知ったのだ。
私はエコロッジのパンフレットを見て、アフリカでこんなに頑張っているプロジェクトがあるのに感動してしまった。
なにしろ、これは私の夢の一部なのだから!!
本当は行ってみて、実際の様子を紹介したかったのだけれど、こればかりはしょうがないのでパンフレットの内容を紹介したい。

一部抜粋↓

コンソの人々は、勤勉な農民として知られ、 険しく露出した玄武岩が大地溝帯を東西に横断する地域に住んでいます。
戦闘的な遊牧民に三方を囲まれているこの古風な趣のあるささやかな文明は、ボレナとオモ渓谷の乾いた荒地に降りて行く前の最後の定住農業地域となっています。
コンソの土地は養分が乏しく、深く浸食された峡谷に切り込まれた急な斜面が特徴です。

更に、降雨量は不安定です。
このような厳しい条件が、アフリカで最もタフな農民と言われる人々を生み出しました。
コンソは、何世紀にもわたりコミュニティーの労働力により作られた乾式工法による石造りの段々畑で有名です。
地域一帯に広がる段々畑は、痩せた土壌でモロコシやモリンガ(Moringa)の栽培を可能にしています。
その他、ハト豆等の豆類やキャッサバ等を間作し、降雨量が十分であれば、人々が必要なだけの食物をまかなえるのです。

訪問者らが段々畑を登り、高地にあるコンソの村落にたどり着くと、現地の人々に、地元の言葉で挨拶し、地元の礼儀作法に従ってふるまいます。
コミュニティーに根ざした活動に参加することで、訪問者らは草の根レベルの社会に収入をもたらすのです。

SFELのねらいはそれだけではなく、持続可能な生活のための総合的な資源管理システムであるパーマカルチャーの研修も提供しています。
パーマカルチャーには、栄養農園や苗床の設置、コミュニティーのニーズに沿った生産性ある農林業を含む再植林活動、種子バンクの運営、生態系保全と食料生産のための土壌改良等が含まれます。

パーマカルチャーは、貧しい農村地区にとって、食料供給の不安定性と環境破壊という背中合わせの二つの災難に対応し、アフリカの女性にとって特に重要な不必要な労働という問題も解決してくれるのです。

パーマカルチャーは、生命と生活を維持することを目的としており、干ばつと食料不足と闘争するコンソにとって、膨大な潜在能力を持っています。
SFELは、エチオピアで最初のパーマカルチャー試験農場を提供しています。
農場は、エコ・ロッジのレストランに新鮮で美味な食材を提供するだけでなく、地元のコミュニティーや団体、そして外国からの訪問者が参加できるパーマカルチャー研修プログラムの場でもあります。
外国からの参加者が支払う研修費は、地元の人々が研修に参加するための資金となります。

全ての参加者は、研修の過程で、自分のアイディアや経験を他の参加者らと共有するチャンスを持てます。
SFELの専属講師であるティチャファ・マコベレ氏(Mr Tichafa Makovere)は、ジンバブエから来たパーマカルチャーの専門家であり、アフリカ南部のパーマカルチャー運動のリーダー的存在です。

SFELは、毎月、72時間のパーマカルチャー・デザイン講座(有資格)を開催しています。外国人の参加費用は、13日分の食事・宿泊費込みで750ドルで、講座内容には、理論、実地研修、現地見学、参加型のデザイン実習が含まれます。

SFELは、皆さんの参加を歓迎します。
コンソのコミュニティーを訪れ、ユニークでいつも明るく、その素晴らしい文化を非常に誇りに思い、毎日の素朴な作業を達成することに労を惜しまない人々を知ってください。
コンソは、驚異的な美しさと厳しい現実が背中合わせの土地です。
SFELでは、開発活動家から少し地元に貢献したいと思っている観光客まで、どんな訪問者にでもコンソを楽しむチャンスを提供しています。
「Ogado! 魅惑の地コンソへようこそ!」

抜粋終わり↑

というわけで、エチオピアを体験するにはものすごく興味深い場所のように思ったので、ホームページで紹介させていただきました。
エチオピア、バスの移動では砂埃が常に舞い、人々はマネーマネーと手を出してくるけれど、この土地の大自然と文化の多様さには鳥肌が立つほど感動したのも事実である。
アフリカを旅する人にはぜひ、エチオピアを肌で感じて欲しい。