世界一周一言メモ 2007年9月から2008年7月まで

9月 フィリピン

首都マニラ 

自分の家族に誇りを持っているから、仕事を持ち生活を支えている彼らの顔は誇り高い。

世界遺産コルディレラのライステラス

悠久の昔から続く文化と絆を大切に守り続けることは尊い。
親子、兄弟が支えあい、苦労も喜びも分け合う生き方に家族の形を見つめ直す。

10月 インドネシア

バリ

5年前の今日、ビンラディンがテロを起こし、石碑には新婚旅行に訪れていた日本人夫婦2人の名前があった。
このことを忘れてはならない。

ロンボク島

小さな村ではみんなが助けあっていかないと生活を維持していくことができない。
彼らは人は助け合うものだと信じている。

世界遺産ボルブドゥールとプランパナン

同じ時代に50キロと離れていない場所に、それぞれが仏教・ヒンドゥー教の世界的な寺院を築く。
建物の装飾のあちらこちらに平安を願う人々の気持ちが込められていた。
平安を願い一生を建築にささげた人々は、今の世の中をどう思うだろう。

スマトラのジャングル

電気がない世界では太陽の光によって行動するしかない。
人間は自然の一部だと実感する。
自然そのものを相手にしたとき、手に負えないことが余りにも多いと気づかされる。
自然は人を超えた偉大なものなのだ。

11月 マレーシア

旅で出来た友人の結婚式

マレーシアの奥地、ジャングルの中にある100人の村では、村人全員が結婚式の準備をしていた。
全員で自分達の作り上げた結婚式を楽しみ、力を合わせることの素晴らしさ、人の役に立つことの喜びを分かち合う。
一緒に達成したことで結束は深まり、花嫁の家庭は村人みんなに感謝し、感謝はそうして村を常に循環する。
思い出はみんなで共有するものとして残り、みんなで語り合うことでさらに深い人間関係につながっていく。

12月 タイ

タイのアイランドトリップ

朝日と共に目覚め、海を歩き、夕日と共に帰り、今日を語る緩やかな日々。
自然を観察していると、動物を見ても植物を見ても人間の手の届かない何かに支配されていることに気づく。
あらゆる動物、植物が微妙に支えあって生きている様子は、食物連鎖さえも奇跡だ。
蕾が必ず花を咲かせるように、夜は必ず朝になるように、そういう自然の確かさは人を安心させる力がある。

チェンマイの動物シェルター

動物には人を癒す力がある。
人がいなければのびのびと草原を走り回り、綱につながれることもなかったはずの彼ら。
綱につながれても主人のために尻尾を振る優しさを持っている。

1月 カンボジア

カンボジア地雷博物館

地雷は希望を奪ってしまうことがあるのだと、全ての人に知ってほしい。
全ての地雷がなくなるために今も働き続けている人がいる。
一方で世界では未だに地雷を作り続けている国がある。

トゥール・スレーン博物館とキリングフィールド

ポル・ポト政権はもともとリセ(学校)だった建物を1975年から1979年にかけて監獄として使用し、罪のない人々を数多く投獄し、拷問し、処刑し、人口の30%200万人くらいの人が死んだといわれている。
1975年から3年8か月20日間のポルポト時代、国民は強制的に農民になった。
家族一人の容疑は家族全員の死刑につながる為、家族離れ離れに生活せざるを得なかった彼らの平和への思いは強い。

プノンペン 愛センター

一生懸命勉強しようとするその姿勢に、しゃんとさせてもらった。
目を輝かせて休み時間を走り回る子ども達に、楽しい時間をわけてもらった。
色鉛筆で「好きなもの」を描いてもらった時には、子ども達が自分の思いをすぐに表現することができて驚いた。
お父さんもお母さんも忙しく、みんな自分のことは自分で決めることに慣れている。
色鉛筆は全部で6色、取り合いになるんじゃないかとハラハラしていたけれど、みんなが譲り合い絵を完成させた。
ものが少ないから、みんなで一緒に使うということが自然に出来てしまう。
独り占めするより、みんなで一緒に楽しみたいという考え方がたまらなく好きになった。
子供達や先生方とみんなで一緒に「笑顔の共有」が出来たことに心から満足してるし、誇りに思う。

ごみ山ステメンチャイ

ゴミ山は首都プノンペンの中心地から5キロほど離れたゴミ集積所で、山のような外観になっている。
生ゴミも、可燃ゴミも、金属もプラスチックも分別されずに混ざり合い、太陽光で自然発火していた。
ビニールやプラスチックが燃え、ダイオキシンが大量に発生している中、金属やペットボトルやプラスチックなどのお金になりそうなものを拾って生活している人々がいる。
足場にはガラスの欠片、煙や泥で汚れた体を洗う水はない。
怪我をしても消毒がなく、傷跡の痛々しい子も、火傷跡のような痣だらけの子もたくさんいる。
使い捨て社会が生み出した世界だ。

2月前半 ベトナム 

首都の名前でもあるホーチミンはベトナム戦争の指揮者であり、世界的な英雄だ。
国民が目指すべき、尊敬すべき人物を持っているということはいい。
そこに尊敬する心が生まれ、自分が謙虚になることができるだろうから。

2月後半 ラオス

世界遺産の町、ルアンパパーンで出会った青年

一緒に行った村の学校で、飛び入りで授業をしていたブイ君、笑顔全快で体を思い切り使って授業する彼は今までみた先生の中でピカ1輝いていた。貧しくても、好きなことを全身で表現している彼は素晴らしい。

ラオス人の愛すべき国民性

ボーペンニャン。日本語のニュアンスは「気にしない!!気にしない!」

3月 インド

コルカタ マザーハウス 孤児の家

どんな状態であれ、彼らは生きている。
生きているのは幸せになるためなのだと思いたい。
だからここにいる間、彼らに愛が伝わるように、毎日笑顔で話しかけよう、抱きしめよう。

コルカタ マザーハウス 死を待つ人の家

「死」と直面できたからこそ「生」を考え直せた。
いったい日本ではどれだけの人が本当に一生懸命生きてるだろう?
「別にてきとーに生きてても、誰にも迷惑をかけてなければいいや」って思う人もたくさんいるだろうけど、それは絶対に間違ってる。

4月 プリー 病気の時

「あなたはインドが初めてで、私はあなたの友達だから、今側にいるのは当たり前のことです」
自分のつらい時、誰からも見捨てられてしまったら、きっと生きる気力を失ってしまう。
だから自分のつらい時、与えてもらった温かさは、絶対に忘れずに伝えていきたい。

5月 バナーラス ガンジス河

インド、この雑踏を生き抜くにはかなりの体力がいる。
インドに来たら誰もが、膨大な人のエネルギーを感じるはずだ。
インドに死には、生が躍動した分だけの特別な静寂が必要だと思う。
彼らは母なるガンガーに身をゆだねる安堵感に浸り、死んで母に抱かれてヒマーラヤに帰っていく。

6月 ネパール

たくさんの民族がいて、カーストもまだ残る社会、だからこそ残っている伝統や礼儀がある。
大自然とずっと続く祭りを大切に、国を愛して生きている彼らは力強い。

7月 ヨーロッパ

パリは街全体が美術館のように装飾されていて、その芸術性の高さに驚かされた。
ただ街を歩くことが楽しく、たくさんのギャラリーやいろとりどりのお菓子が並ぶ洋菓子店にときめいた。
ニースの海の真っ青さ、モナコに残る中世の美しい街並みに、ヨーロッパの奥深さを感じた。
アイルランドでは黄緑の草原と羊のコントラストに微笑み、空一面に広がる夕日の桃色のグラデーションに息を呑んだ。
ドイツではガラス張りで国民が見学自由の国会に、民主主義の意味を思い、
ペルガモン博物館で紀元前にできた建物や装飾の緻密さ、バビロンの空中庭園、見事な青のイシュタール門に目を奪われた。
ベルリンに残る強制収容所の「働けば自由になる」という文字の持つ醜悪さに憤った。
ストックホルム、水の上に佇む市街はエレガントで、世界中のお金持ちが持っているヨットハーバーの白い帆船が眩しかった。
ラトビアの首都リガは屋根の上にドラゴンや鶏や猫が飾られていたり、騎士や天使の像がところどころにちりばめられている。
これぞお城!!という形をした建物が多く、ファンタジーの世界が夢のように楽しかった。
イタリアといえばヴェネチア、水の都。夜のライトアップに照らされた運河と街並みはディズニーシーのようだった。昼間散歩してみると、下町の雰囲気が残っていて、船で町を移動したり、ちょっとした小道に入って出会うガラス細工や仮面のお店に思いきりワクワクした。
スペインのバルセロナ、ガウディの残したサクラダファミリアとグエル公園は人智を超えるものがガウディに宿っていたのではないかと思わずにいられない素晴らしさだった。大自然と人の融合の究極の形を見せてもらったようだ。
大道芸人たちの技の多さと巧みさには仰天だった!!