温かさバトン

世界はあったかい。

私も人に温かさを伝えてあげられる人間になろう。

インドを旅していて、私にとって一番良かったことは病気になったことかもしれない。
おかげでカマラのような人がいることに気づくことが出来たから。

カマラとその家族に出会えたことは、インドでの生活の一番大きな喜びになった。

出会ったのはたった4日前。
コミュニケーションも片言の英語で、辞書を引きながらの会話しか成り立たないから、きっとお互いやきもきしたはず。
最初の1日は家に招待してくれて、一緒にご飯を食べさせてもらい、みんなで海に行って砂まみれで遊んだ。
それから3日は日本語の授業を、1日1時間30分だけさせてもらっていた。
プリーにいる期間はずっと日本語の授業をする約束をしていたのに、私は病院行きになった。
カマラはそれだけと言ってしまえばおしまいの関係をとても大切にしてくれた。

日本語の授業をさせてもらうことになった時、カマラは「いくらですか?」と私達に聞いた。
私達はプロじゃないし、ご飯もごちそうになっているし、お金なんてとてもいただけない。
「いりません。友達です」と答えた私達に、カマラは素敵な笑顔を見せてくれた。

素敵な笑顔のまま、私の病気が一番ひどい状態の時に、横で励まし続けてくれた。
何かしてもらうたびに私がお礼を言うと「心配しないで、体のことだけを考えて。それが一番大切なこと」と言ってくれた。
頭痛がひどいと、頭をマッサージしてくれて、手足が冷えるとさすってくれた。
夜中になっても家に帰らず、病院まで連れて行ってくれた。
私が家に行くことになると、仕事を休んで看病してくれた。
薬を飲ませたてくれたり、体を拭いてくれたり、ご飯を用意してくれたりと家族のように私に接してくれた。
人がとても温かくてありがたいものだということを心底感じた。

私が病気になると、お母さんはいつも優しくて温かかった。
カマラはなんだかお母さんみたいで、側にいてくれると安心できた。

家族が病気の時に優しさと温かさをくれることだって、特別で恵まれていることに違いない。
私は家族に甘えてついそれを見逃してしまいがちになるけれど、それだって途方もなくありがたいことだ。
そう、とてもとても温かいこと。
有希が病気になったら、きっと私は家族からもらってきた特別な温度を伝えたいと思う。

でもね、今度のことでちょっと考えが変わったよ。
外国でたまたま出会った旅行者に、どこまでのことが自分に出来るのかって考えさせられた。

家族ではない私に、家族の優しさと温かさをくれる人が世の中にいる。
私もそうなれたら素敵だなぁ。

ふと、マザーテレサの言葉を思い出す。
「最も悲惨なことは、飢餓でも病気でもありません。自分が誰からも見捨てられると感じることです」
本当にそうだと思う。

自分のつらい時、誰からも見捨てられてしまったら、きっと生きる気力を失ってしまう。
だから自分のつらい時、与えてもらった温かさは、絶対に忘れずに伝えて生きたいものだよね。
そうしたら、見捨てられる人なんてどんどんいなくなって、きっと世界には温かさが溢れだすんだ。

そろそろ温かさを伝える番が回ってきてるんじゃない?