マザーハウス1日目
「COME & SEE」
マザーハウスの残した有名な言葉で、実際に「来て見て」感じてほしいという願いが込められているのだと思うけれど、言葉どおりマザーハウスは誰にでも門戸を開いている。
私達もマザーハウスを訪ね、まず説明会に参加した。
ここで、働く上での注意事項を伝えられる。
虱・疥癬、結核にうつる可能性とその予防方法の説明をされ、遊び半分・興味半分で来た人々はやる気を失っていく。
正直私もびっくりした。
ここでは誰もが病気と隣り合わせなのだ。
自己管理を徹底しないと、人助けなどできない。
そんな当たり前のことを実感した。
マザーハウスには6箇所のボランティア施設があり、シスターとの面接を経て、私は「孤児の家」、有希は「死を待つ人の家」でお手伝いさせてもらえることになった。
孤児の家ではハンディキャップを持った幼児の生活介助が主なやるべきことだった。
子どもにご飯を食べさせること。
それぞれの子どもにカルテがあり、そのカルテに書いてあるとおりのエクササイズやマッサージをすること。
トイレに連れて行き、用を足したらお尻をきれいにしてあげること。
オムツの子はオムツを取り換えてあげること。
汚れた服の洗濯。
どれも私にとっては初めての体験で、新鮮な気持ちになった。
子どもを持つ母親には当たり前の出来事なのだと思うけれど、私にまだ子どもはいないし、ちょっとした予行練習気分も味わえた。
子ども達はかわいい。
子どもというだけでかわいいのだから、ただ一緒にいることで元気をもらえることがたくさんある。
笑ってくれたとき、ご飯を吐き出さずに食べてくれたとき、体をやわらかく動かせたとき。
私は純粋な気持ちをもらって、一緒に笑顔で喜びあうことができる。
けれどもその反面、ここでは死がとても身近で、どうしようもなく不安な気持ちになることもある。
子ども達はそれぞれに障害を持っていて、ほとんどの子どもが誰かの手を借りないと生きていくことができない。
シスターやボランティアの人達は本当に優しく子どもの面倒を見ている。
それでも厳しくしなければいけない場面がある。
それは食べること。
食べなければ死んでしまうから、食べることを拒否する子どもを許すことはしない。
今日も3人がかりで、一人が子どもの手を上でくくって押さえ、私が頭の位置を固定させ、シスターが無理やり子どもの口を開いて食べ物を流し込んだ。
子どもは食べるのがつらいからなのか涙を流し、ものすごい力で抵抗してくる。
すぐに吐き出そうとするので、食べ物を口に入れて無理やり飲み込ませるまで舌の上をスプーンでずっと押し続けたり、口を閉じたらあごを上に持ち上げて喉が上下するまで押さえつける。
それを見ていると、自分の力で生きていくことが出来ないだけでなく、生きることそのものが辛い子どもがいることがわかる。
無理やり生かすことが、果たしていいことなのかわからなくなってしまい迷い始めると、それが不安になるのだ。
それでもボランティアとして参加する以上、私は子どもの命の責任の一旦を担っている。
自分の担当する子どもにご飯を食べさせることが出来なければ、その子どもは確実に衰弱し、やがて死を迎える確立が高い。
命の責任を放棄することなんて、私には怖すぎてできないから、無理やりにでも子どもを生かそうと行動するしかない。
ほとんどの日本人には信仰がない。
マザーテレサには信仰があり、自分の迷いも何もかもを内に抱え込み、人助けが出来たのだと思う。
それは素晴らしい事なのに、私は信仰がない。
生きているものが命を大切に扱うことが、生命・人間そのものを尊ぶことなのだということを信じることで、子どもの辛い顔を見ながらも生かそうとしているのが今の私だ。
人はなんで、生まれながらに差別されるのだろうと皆が一度は考えるのではないだろうか。
容姿にしかり、才能にしかり、体の丈夫さにしかり。
自分にはどうにもできないところで、生まれながらに見捨てられてしまった子ども達と共に生きること。
それは差別を克服することになるのだろうか。
皮肉にも生まれながらに差別があるからこそ、私達は差別をしてはいけないのだと気づくのかもしれない。
物心がついてから自分が差別される原因を作るのとは、全く訳が違い、生まれながらに差別された子どもは生きることができない。
それを放っておくということは、生命の大切さを認めないことにつながるから、きっと人は手を差し伸べる。
生命の尊厳を守ることは、どんな人でも同じ人として見ていくことで成り立たつのではないだろうか。
母親にメールをした時に「愛情に囲まれて育った私達には、生まれながらに捨てられた人の気持ちはわからないかもしれないね」というメールが返ってきた。
そう言われると、私は確かに愛情に囲まれて育ってきた。
そしてマザーハウスの子ども達は一度愛情に見捨てられた。
逆に言えば、マザーハウスの子ども達は愛情を得られる対象をまた得ることが出来た。
対象を見失ったまま死んでしまう子だっていることを考えたらそれさえ恵まれているのかもしれない。
では彼らはなんのために生まれてきたのだろう。
愛から見捨てられるために生まれてきたなんて、絶対におかしい。
私は人の幸せは愛されることだと思う。
どんな状態であれ、彼らは生きている。
生きているのは幸せになるためなのだと思いたい。
私は彼らのこれからの幸せと生命の輝きを信じたい。
だからここにいる間、彼らに愛が伝わるように、毎日笑顔で話しかけよう、抱きしめよう。
ここに今自分がいるということは、死を考え、生を尊び、人としてどうすべきか学ぶ機会をマザーから与えられたということだと思う。
この場を与えてくれた全ての人に感謝したい。
「COME & SEE」
マザーハウスの残した有名な言葉で、実際に「来て見て」感じてほしいという願いが込められているのだと思うけれど、言葉どおりマザーハウスは誰にでも門戸を開いている。
私達もマザーハウスを訪ね、まず説明会に参加した。
ここで、働く上での注意事項を伝えられる。
虱・疥癬、結核にうつる可能性とその予防方法の説明をされ、遊び半分・興味半分で来た人々はやる気を失っていく。
正直私もびっくりした。
ここでは誰もが病気と隣り合わせなのだ。
自己管理を徹底しないと、人助けなどできない。
そんな当たり前のことを実感した。
マザーハウスには6箇所のボランティア施設があり、シスターとの面接を経て、私は「孤児の家」、有希は「死を待つ人の家」でお手伝いさせてもらえることになった。
孤児の家ではハンディキャップを持った幼児の生活介助が主なやるべきことだった。
子どもにご飯を食べさせること。
それぞれの子どもにカルテがあり、そのカルテに書いてあるとおりのエクササイズやマッサージをすること。
トイレに連れて行き、用を足したらお尻をきれいにしてあげること。
オムツの子はオムツを取り換えてあげること。
汚れた服の洗濯。
どれも私にとっては初めての体験で、新鮮な気持ちになった。
子どもを持つ母親には当たり前の出来事なのだと思うけれど、私にまだ子どもはいないし、ちょっとした予行練習気分も味わえた。
子ども達はかわいい。
子どもというだけでかわいいのだから、ただ一緒にいることで元気をもらえることがたくさんある。
笑ってくれたとき、ご飯を吐き出さずに食べてくれたとき、体をやわらかく動かせたとき。
私は純粋な気持ちをもらって、一緒に笑顔で喜びあうことができる。
けれどもその反面、ここでは死がとても身近で、どうしようもなく不安な気持ちになることもある。
子ども達はそれぞれに障害を持っていて、ほとんどの子どもが誰かの手を借りないと生きていくことができない。
シスターやボランティアの人達は本当に優しく子どもの面倒を見ている。
それでも厳しくしなければいけない場面がある。
それは食べること。
食べなければ死んでしまうから、食べることを拒否する子どもを許すことはしない。
今日も3人がかりで、一人が子どもの手を上でくくって押さえ、私が頭の位置を固定させ、シスターが無理やり子どもの口を開いて食べ物を流し込んだ。
子どもは食べるのがつらいからなのか涙を流し、ものすごい力で抵抗してくる。
すぐに吐き出そうとするので、食べ物を口に入れて無理やり飲み込ませるまで舌の上をスプーンでずっと押し続けたり、口を閉じたらあごを上に持ち上げて喉が上下するまで押さえつける。
それを見ていると、自分の力で生きていくことが出来ないだけでなく、生きることそのものが辛い子どもがいることがわかる。
無理やり生かすことが、果たしていいことなのかわからなくなってしまい迷い始めると、それが不安になるのだ。
それでもボランティアとして参加する以上、私は子どもの命の責任の一旦を担っている。
自分の担当する子どもにご飯を食べさせることが出来なければ、その子どもは確実に衰弱し、やがて死を迎える確立が高い。
命の責任を放棄することなんて、私には怖すぎてできないから、無理やりにでも子どもを生かそうと行動するしかない。
ほとんどの日本人には信仰がない。
マザーテレサには信仰があり、自分の迷いも何もかもを内に抱え込み、人助けが出来たのだと思う。
それは素晴らしい事なのに、私は信仰がない。
生きているものが命を大切に扱うことが、生命・人間そのものを尊ぶことなのだということを信じることで、子どもの辛い顔を見ながらも生かそうとしているのが今の私だ。
人はなんで、生まれながらに差別されるのだろうと皆が一度は考えるのではないだろうか。
容姿にしかり、才能にしかり、体の丈夫さにしかり。
自分にはどうにもできないところで、生まれながらに見捨てられてしまった子ども達と共に生きること。
それは差別を克服することになるのだろうか。
皮肉にも生まれながらに差別があるからこそ、私達は差別をしてはいけないのだと気づくのかもしれない。
物心がついてから自分が差別される原因を作るのとは、全く訳が違い、生まれながらに差別された子どもは生きることができない。
それを放っておくということは、生命の大切さを認めないことにつながるから、きっと人は手を差し伸べる。
生命の尊厳を守ることは、どんな人でも同じ人として見ていくことで成り立たつのではないだろうか。
母親にメールをした時に「愛情に囲まれて育った私達には、生まれながらに捨てられた人の気持ちはわからないかもしれないね」というメールが返ってきた。
そう言われると、私は確かに愛情に囲まれて育ってきた。
そしてマザーハウスの子ども達は一度愛情に見捨てられた。
逆に言えば、マザーハウスの子ども達は愛情を得られる対象をまた得ることが出来た。
対象を見失ったまま死んでしまう子だっていることを考えたらそれさえ恵まれているのかもしれない。
では彼らはなんのために生まれてきたのだろう。
愛から見捨てられるために生まれてきたなんて、絶対におかしい。
私は人の幸せは愛されることだと思う。
どんな状態であれ、彼らは生きている。
生きているのは幸せになるためなのだと思いたい。
私は彼らのこれからの幸せと生命の輝きを信じたい。
だからここにいる間、彼らに愛が伝わるように、毎日笑顔で話しかけよう、抱きしめよう。
ここに今自分がいるということは、死を考え、生を尊び、人としてどうすべきか学ぶ機会をマザーから与えられたということだと思う。
この場を与えてくれた全ての人に感謝したい。

