ラオスの子どもの教育事情

ラオスの子どもの教育事情について今日、「ラオスの子ども」というボランティア団体を尋ねました。教えていただいたことを感想と一緒にまとめます。

ラオスの義務教育は5年間で小学校5年生までになります。
日本の義務教育9年に比べたら、ものすごく短い!!
体育・美術・工作とかの時間なんてとれないそうです。
うわ~、唯一好きな時間だったのに!

しかも、実際に小学校5年生までのすべての学年を完備した学校は、全国8600校のうち、3500校しかないのが現状だそうです。
こっちで友達になったラオス人の男の子も学年が変わるごとに違う地域の学校に通わなくてはいけなくて本当に大変だったそうです。
これはかわいそう。
中には遠すぎて通うのをあきらめてしまう子どももいるんだとか・・・・・。日本人には想像できない世界です。

その状況下で、純就学率は男子88パーセント、女子82パーセントだそうです。
一部の子どもは、労働力として家族の生活を支えているため、学校には通えないという現実が残っています。

生まれた場所や家庭の違いで学校へ通うことができないということは、とても悲しいことだと思います。
勉強が出来なければ、将来豊かになる可能性も減ってしまい、貧しい家に生まれた子どもは一生貧しいままになってしまう可能性が高くなります。
日本でも最近このことが問題になっているけれど、日本の場合は子どものやる気さえあれば教材は溢れているし、近くに図書館だってあります。
でも、こちらの子どもは子どものやる気のあるなしにかかわらず、教材さえ足りていません・・・・・・。
ひとつ思うことは、勉強して家族を幸せにしたいと真剣に思っている子どもの数は、圧倒的に日本よりも多いんじゃないかということです。

日本で言う中学・高校の学年数はやはり6年間で、中学と高校に分かれてはいません。
学校数は小学校に比べるとものすごく少ない900校にとどまり、進学できる子どもたちが限られてしまいます。
特に学校が遠いというのは通う子どもの負担になり、特に女の子などは危ないからという理由で進学をしない場合もあるそうです。

それでもラオスは女の人が良く働いているし、家庭でも女の人が強いそうなのでそれは救いです。
逆に男の人は怠け者が多いんだとか。

成人の識字率は男性が77%、女性が61%です。

この識字率を見ていただけると察しがつくと思いますが、小学校1年生になって、彼らは初めて文字を習います。
日本と違い、両親が文字を教えることができないからです。

ラオスの学校には学年ごとにテストがあり、受からないと次の学年に進学することができません。中でも、文字をはじめて習う小学校1年生が一番落第者が多いそうです。

この背景に、ラオスでは母国語による教育が軽視され、口承で文化を伝えることが多かったため、社会に本が出回っていないということが挙げられます。
このため、本を読む機会が不足し、子どもたちは自ら能力を伸ばす機会を損ねています。
本を読むことは、知識を得るだけでなく、物事を多角的に見る能力を育て、道徳心を養うことにもなります。

本が少ないということは母親が子どもに本を読み聞かしたり、文字を覚えさせる機会も減らしてしまいます。

子どもにとって、実は本事態の内容はそんなに重要ではないと言われています。
母親にどんな声で語りかけてもらえたか、それが愛情を受けとったということになるのだそうです。
小さなころに本を読んでもらった子どもは自分の子どもにも同じことをするでしょう。
すると、愛情も伝わるし、文字を覚えることにも役立ちます。

ラオスでは、本がないために、文字をせっかく覚えても、文字を読む機会が少ないため、忘れてしまうことも多々あるそうです。

こうした現実を見て、本がたくさんある日本に生まれた私たちは実はとても恵まれていたのだということに、気づかされました。

こうした実態を打開しようと、今日お邪魔させていただいた「ラオスの子ども」というNGO団体では、子ども向けの図書を発行し、図書を学校に配り、学校に図書室を開設し、読書推進セミナー(こうしたプロジェクトが将来は現地の人々によって担われるよう、図書の維持・管理、図書室の運営方法、本の読み聞かせ方など教員に対するセミナーを行っている)を実施しています。
さらに、子ども文化センター(図書室を軸に、絵や工作、詩、音楽、踊りなど学校では行われていない表現活動の場)の運営の支援もしています。
また、画家や作家を育てるために、絵本作りのワークショップをしたり、コンクールを主催し、大賞を実際に出版するというような活動もしています。

以上の活動により、子どもたちにどんな成果があったかというと、①ラオス語の能力の向上、②知識を得た、③積極的になった(ラオスの子どもが消極的だった原因に先生の一方通行の授業がありました。本を仲介させることにより、先生が子どもに質問し、それに子どもが答えるということを繰り返したことで、子どもが積極的に発言をできるようになってきたそうです)、④勉強ができるようになった、⑤学校を休まなくなった(今まで怖いだけの存在だった先生が本を読んでくれるようになったということで、学校が面白くなった生徒もいたそうです)ということです。

「ラオスの子ども」についてもっと知りたい方は下記のURLからどうぞ
http://deknoylao.org

今日、お世話になったのは日本の女性の方で、ラオスの大好きな素敵な女性でした。
青年海外協力隊の隊員時代にたずねたとき、ラオスの人々にたくさんの優しさをいただいたから、それを返すためにライフワークとしてラオスの教育にかかわって生きたいと話していらっしゃったのが印象的でした。

私から見てもラオスの人々はとてもおおらかで優しく笑顔が素敵で、一緒にいると心から癒されます。
外の国の私たちにも気さくに話しかけてくれて、決してしつこくはありません。誰もが、ラオスは人が良いと言います。
今までアジアを旅していた中でもダントツに裏表のない人の良さを感じました。

近代化の波が押し寄せ、紙幣が流通したことにより、貧富の差が拡大し、物乞いなのどの貧困層が現れ始めたのはつい最近のことだそうです。

今まで、ラオスでは横のつながりが強く、相互扶助が当たり前、みんなが助け合って生きてきた民族です。
例えば、米が取れない飢饉のときも、飢え死にを一人も出さず、村人みんなが栄養失調になりながら支えあっていたこともあるようなそんな社会です。これがアフリカなら大変な餓死者が出ていただろうと言われています。

それが資本主義導入により、少しずつ崩れていっているのを目の当たりにするのは、本当に悲しいことです。
貧富の差を国の問題として捉え、みんなが自分の未来を自分で掴んでいけるような社会の実現のためには、やはり教育が不可欠でしょう。

ラオスの人々がいつまでも、おおらかに笑っていてくれることを心から願います。