世界遺産ボルブドゥールとプランパナン

同じ時代に50キロと離れていない場所に、それぞれが仏教・ヒンドゥー教の世界的な寺院を築く。
それぞれの規模の大きさ・独創性・異質な存在感に圧倒させられた。
その巨大な遺跡は日常の建物からかけ離れすぎ、人の住む世界とは思えないような重厚な雰囲気が漂っている。

ふと、この巨大な遺跡は何のために作られたのだろうと考える。

たとえばボルブドゥール、ここにはストゥーパという塔がいくつも建っている。
この塔は3層にわたって構想されており、一番下の層の塔には菱形の窓があり、これは不安定な俗界の人の心を表す。
そして真中の塔には正方形の窓があり、安定した賢者の心を表す。
そして、一番上の塔には窓がなく、無の世界に収束していく。

当時の人たちが心の平安を求めていたのではないかと偲ばれる塔なのだ。


もしかしたら、遺跡を作ることで、平安が生まれると信じていた人がいたかもしれない。
そう信じて遺跡を作ることに一生をささげた人がいたかもしれない。

彼らが生きていたとしたら、今の世の中をどう思うだろう。


ほとんどの宗教は人の平安を求める心を拠り所として成り立っている。

それなのに、地球には宗教が違うというだけで、違う神を信じているというだけで、争いを続けている地域がある。


それはきっと望まれていないことじゃないかしら。

この巨大な遺跡群は問いかけている。
幾百の年を越えて人とはなんなのかをきっと今も見守り続けている。

そんな気がした。