2007年10月アーカイブ

ジャングルとの対話

シンプルライフ


ジャングルでの朝は鳥の鳴き声から始まる。まるでタモリの一人ジャングル。

眼下には湖が一面に広がるジャングルの山の中腹で、壮大な景色の中起きがけに思わず深呼吸をする。

木が光合成したばかりの作りたての空気が冷たくて、喉が気持ちいい。


ここではすべてがシンプル。

電気も通っていないから、朝日がでてきたら目覚め、夕日が沈んだら月明かりとランプを頼りに夜ごはんを食べる。

ごはんももちろん、木を燃やして火をおこし、その上で作る。

シャワーは竹筒から溢れる川の水。

自然のままだから、土が混じり、透明ではない水だけれど、慣れてしまえばノープロブレム。

ただし、夜浴びるのでは、寒すぎて風邪をひく。

トイレにも扉はなくて、川の上をまたぎ、二枚の木の板が置いてある。

そこを足場に、用を足した後は川の水ですすぐ。

夜はランプがなければ道も歩けない。することはゆっくり語り合うか、眠ることくらい。

ここで暮らすと、人間って本当に自然の中の一部なのだと肌で感じることができる。

自然との共存することを生活の一部とする人間は、どう考えても自然なしでは生きていけない。

そして、自然との対話は思いのほか気持ちよく、エネルギーを与えられているような気持ちになる。

太陽の輝き、木々のざわめき、水のせせらぎ、動物の鳴き声にいろどられたシンプルな生活。

自然そのものが相手だから、楽なことばかりではなくって、ヒルに刺されたり、サルに襲われそうになったり、おなかを壊したりと大変なこともたくさんある。

それでも、だからこそ、自然って一筋縄ではいかない、人の手に負えない偉大なもののひとつだと気づかされる。


日本という大都会で育った私たちはともすると、科学の力で自然を従えて生きている。

だから、自然は操作できるものだとつい錯覚してしまうこともあると思う。

自然が大変な扱い難いものだということを忘れ、あなどると大変なことになるのだと気付かないままある日、取り返しのつかない日がやってくるかもしれない。


だから思う。

自然と共に生きる生活をどうぞ、おためしあれって。

時間はとても穏やかに過ぎる。

ゆっくりと体を自然に預け、いろいろなことに思いを巡らし、自分を振り返り、確認してほしい。

何を大切に生きていけばいいのかと。

 

ここはスマトラだけれど、日本にも自然を感じさせてくれる場所がいっぱいあります。

仕事の骨休みに是非お試しあれ。

同じ時代に50キロと離れていない場所に、それぞれが仏教・ヒンドゥー教の世界的な寺院を築く。
それぞれの規模の大きさ・独創性・異質な存在感に圧倒させられた。
その巨大な遺跡は日常の建物からかけ離れすぎ、人の住む世界とは思えないような重厚な雰囲気が漂っている。

ふと、この巨大な遺跡は何のために作られたのだろうと考える。

たとえばボルブドゥール、ここにはストゥーパという塔がいくつも建っている。
この塔は3層にわたって構想されており、一番下の層の塔には菱形の窓があり、これは不安定な俗界の人の心を表す。
そして真中の塔には正方形の窓があり、安定した賢者の心を表す。
そして、一番上の塔には窓がなく、無の世界に収束していく。

当時の人たちが心の平安を求めていたのではないかと偲ばれる塔なのだ。


もしかしたら、遺跡を作ることで、平安が生まれると信じていた人がいたかもしれない。
そう信じて遺跡を作ることに一生をささげた人がいたかもしれない。

彼らが生きていたとしたら、今の世の中をどう思うだろう。


ほとんどの宗教は人の平安を求める心を拠り所として成り立っている。

それなのに、地球には宗教が違うというだけで、違う神を信じているというだけで、争いを続けている地域がある。


それはきっと望まれていないことじゃないかしら。

この巨大な遺跡群は問いかけている。
幾百の年を越えて人とはなんなのかをきっと今も見守り続けている。

そんな気がした。

アイランド・トリップ

賑わった場所を離れ、島に出てみる。
毎日、物売りやタクシーの客引きと格闘していた場所から静かなところへ。

そこには、自給自足で昔ながらの生活を続けている彼らがいる。

俺達が行ってきたロンボク島には、「ササッ人」という民族がいる。
彼らも例外なく、今なお伝統を守り続けている。
ただ、どうしても納得がいかないのは、その小っちゃい「ッ」は発音しなければダメなのだろうか?
「ササ人」でもいいんじゃないかと思う。言いにくいし、無理に「ッ」と言わなくてもそんなに変わらない。

あと、以外に日本語がお上手なのね・・・。
インドネシア(インドネシアにはさまざまな言語があり、彼らはササッ語を話す)語が出来ない彼らも、英語と日本語は生きていくために必要らしい。

村のガイドは、俺達を日本語の単語で村を案内してくれた。

今、この村では、村の維持のため、村人が自らガイドとなり、自分の村を紹介してくれている。

それが、外の世界との小さな繋がりだ。

案内されてきた異国の俺達を見て、ここでしか生活をしたことのないこどもたちは何を思うのだろう。
みんながにこにこと迎えてくれるのはどうしてだろう。


かやぶき屋根に牛の糞を固めた床のお家の中では、おばあちゃんがお祈りをしていた。
多分、聖地に向かって頭を何度も床にこすりつけるようにお祈りしていた。
そんな中、突然、邪魔しに入ってしまった俺達に、笑顔で挨拶をしてくれるのはどうしてだろう。

俺は思うんだけど、きっと、彼らは人を信用しているんだろうな。
小さな村ではみんなが助けあっていかないと生活を維持していくことができないから、彼らは人は助け合うものだってことを自然に思っているのかもしれない。
だから、人を信用する。
これって人間関係を築いていくのに一番大切なことだけど、誰に対しても笑顔で接することができるということはすごいことだよな。
見習わないと・・・・・・。

自給自足の生活を不意に羨ましく思うことがある。
日本ではほぼありえない生活。

自分の好きに使える時間が多い反面、やらなければいけない仕事もたくさんある。
自分たちの食べる動物の飼育や畑仕事。

女の人が頭の上に重い荷物を背負って当たり前のように歩く姿、みんなでお風呂の代わりに井戸で体を洗う姿。
それを見ていたら、すごいとは思うけど、一緒に生活をしていく自信はなくなった。

それでも、彼らのこと、尊敬したよ。
自分たちの生活をずっと守り続け、誰にでも笑顔で接していくことは簡単ではないだろう。


ロンボク島からさらにボートで行きついた「ギリ・アイル」では、さらにのんびりしていて、声をかけてくれる人も多かった。

きっと、これからもこんんところがたくさんあるんだろうなぁ~。

何にもすることのない島で、ただ島の優しさに触れて、1日を過ごす。
ただそれだけの中に各地の違いや特徴を感じていきたい。

あとは、もうちょっと積極的に溶け込もうとすることが必要だな。

1人でも多くの人に俺達の存在を知ってもらいたい、彼らのことを知っていきたい。

もう一つのグランドゼロ

バリ島3日目。
今日は、特に何をするわけでも無く、ホテル近くのレストランでランチ。
そして、ホテルのプールで時間を過ごした。
たまたま他の宿泊客の子供たちが一緒だったからもう大変。ビート板やらボールがあちこち飛び回る。
いつの間にか、俺と葵は深いところへ飛んで行ってしまったボールを拾う係りになっていた。
まぁ、そこで終わってくれればよかったんだが、今度はあちこちから石を投げ始めた。

「おい、石は沈むから止めろ。」

と、言いたいところだったが、子供だったから許した。
ちなみにこのプール、深さは2メートル以上ある。四方八方から投げ込まれる石を水中で探し、それを笑顔で投げ返すのはなかなかハード。
万が一コンタクトレンズが無くなったら親を呼ぼう。そう決めていた。
そんな俺の苦労なんか知るはずもない彼らは、挙句の果てに

「この石、俺が投げた石じゃねーよ。」「ちゃんと拾えよー。」

と、とんでもない精度を要求し始めた。

俺、今日また一つ勉強になった。
日本も海外も共通、子供は限度を知らない。

まぁ、あそこまで頑張れば、俺が泳げないことはおそらくばれてないだろう。


予想以上に疲れたが、優雅でスマイルなステキな一時。

そして今、プールサイドのテーブルで、ノートパソコンを開き、これを書いている。

今の俺、何かかっこいい。

 

そうそう、時間は少しさかのぼるが、今日のランチの帰り道に一つの石碑が目に入った。

っていうか、ホテルから50メートルぐらいのところにこの石碑は立っていて、前から知ってたんだけど、今日ふと写真を撮ったんだ。
そして、俺たち以外にもこの石碑の写真を撮っている人はたくさんいた。

その石碑が立っている場所は、5年前この場所にあったクラブでビンラディンがテロを起こした、その跡地。
店の中が爆発する瞬間の映像がよくニュースで流れていたのを思い出した。

日本人の被害者も2人いたんだってな。一昨日、知り合ったバリ人のタバタ君が教えてくれた。
ちなみにこのタバタ君、「田端」では無い。

「お前と同じ名前の駅が日本にあるぞ~」

と、彼に教えてやったが何故か不機嫌そうだった。

そして、俺の知り合いに「田畑」という日本人がいるが、そいつともおそらく関係はない。
彼は、バリ人の「タバタ君」だ。
日本語を話す胡散臭いバリ人だ、と思いながらも1日中一緒に遊んだ。
酒飲んで、ビリヤードして、いや~楽しかったよ。
ちなみにあと2人。バリ人のマンチャンと、ジャカルタ人のルディーも一緒だった。

 

 


じゃ、話し、戻すね。

 

 

その、テロの被害者だった日本人2人は、俺達と同じ新婚さんだったんだって。
撮った写真を拡大してみたら「SUZUKI」って2人分の名前が彫られてた。

そして日付を確認して、もっと驚いた。

「12 October 2002」

ちょうど5年前の今日だ。

数日前から知っていた石碑にも関わらず、俺達がたまたま今日写真を撮ったのも何かのパワーにそうさせられたのかもしれない。
そんな感じがした。

もうこんな悲惨なことは絶対に起こってはいけない。みんなそんな気持ちで写真を撮ったんだろうか。


今の俺に何が出来るわけでもないが、この事実を忘れてはいけないと心から思った。

今日この日にここにいることを忘れてはいけないと思った。

一生、笑顔でいようと改めて思った。

 

で、ここまでがさっきプールサイドで書いたやつなんだけど、ちょっと付け足します。

まぁ、その石碑の位置が俺達のホテルから50メートルの場所なわけで、インターネット屋さんに来た今もそこを通ってきたんだよね。
そしたら、式典みたいのやってて、すごい盛り上がってたよ。

言葉が全然分かんないなりに俺も一緒に見てたら、「ピース」とか「フリー」とか「ラブ」って言葉がたくさん出てた。

誰もが望んでいるのに難しいね。

もともとにぎやかな通りではあるけど、今日はみんな思う存分楽しむんだろうな。
旅行者が多くて、いろんな人種がいるこの場所で、一つでも多くの笑顔が生まれればいいね。

世界遺産に来ました!!

フィリピン 10月6日


世界遺産コルディレラのライステラスにやってきました!!


見たとたんに深呼吸したくなるすがすがしさや、ハッとするほど青々とした山々のなか一面に広がるライステラスの雄大さは、

カメラじゃ伝えきれないけど、世界でも間違いなく最高の場所のひとつだと思う。

 

山の緑は裾の深緑から、だんだんと鮮やかな緑になり、やがて薄緑へと見事なグラデーションで空へと続く。

 

天国への階段とはよく言ったもの。

 

2000年もかけて原住民であるイフガオの人々が気づきあげた棚田は息をのむ壮大さで私たちを迎えてくれた。


イフガオの人々はいまでも少数ながら、従来の暮らしどおり、棚田からお米を収穫して暮らしている。


家は稲で屋根が出来ていて、昔の日本の高床式住居みたい!!


滝のなかで体を洗うおじいちゃんや、体を洗っているのか遊んでいるのか区別のつかない子供たちをみて、


なんだか微笑ましい気分になる。


「ハーイ!!ハロー!!」と声をかけ、笑顔が返ってくると、もうそれだけでこっちもハッピースマイル!!


空気はキラキラ透明だし、自然と共に生きてきたイフガオの人びとののんびりとした温かい感じも心地よくって、

もっとこの地でのんびりしたくなってしまう。


伝統が生活の中にふつうに息づいているこの村では、人々が確かに自然と共生し、


自分たちの時間を大切にゆっくりゆっくりと生きている!!


それはスペシャルなことじゃなくて、自然と悠久の昔から続く絆を大切に信じて生活するということ。


フィリピンに来てから初めて田舎と言える場所。


スーパーもないし、自分の車で走っている人もいない。

バスと地元の人の移動手段であるジープと3輪車みたいなバイク(トライスクル)だけ。


そんななかで大切なことがあった。


それはだた、自分たちの生活を守り続けること。


途方もなく長く人々は絆をつなぎ続けている。


親子、兄弟が支えあい、苦労するときはともに苦労し、遊ぶときは精一杯遊ぶ!!


あたりまえのことがとても素敵なことなのだ。

フィリピンの結婚事情

フィリピンで泊っているホテルの警備員と話をした。

彼は夜6時から朝6時までの12時間、週に一日の休みもなく働いているんだって。

確かに俺たちが泊まっている一週間、彼を見ない夜はなかった。

それよりも衝撃的だったのは

「僕は20歳です。14歳の時結婚し、6歳の子供と僕と同じ年の妻がいます。」と言っていたこと。

まじ??すっげー!


それから俺たちはタクシーの運転手や馬車のおじさん、とにかく触れ合う人々に
「何歳?家族はいる?子供は何歳?休みはいつ?」と同じ質問をした。

聞いた中、ほとんどの人の結婚が20歳以下。

それなのにプライベートに使う休みの日は少なくて、毎日働いてんだもんなぁ。

まじ??

気になって実際にインターネットで調べてみると、げ!!こっちからじゃ調べられん。

気になった人調べてみて。


日本で「週休2日じゃ休みが少ないよ。もっと自分のために時間を使いたいのに」と言っている俺たち。

彼らに週休2日のことを伝えると、みんなが揃って
「日本がうらやましい。でも日本はとても物価が高いから、日本に行くチャンスは一生来ないだろう。」
という。

こんな話をしていると、何だか自分たちが日本人であることを自慢しているような感じがして、「あれ?」って思うこともあるんだけど、

こっちの人々はたいてい親切で、英語のできない俺たちに、ゆっくり丁寧に接してくれる。

そして、優しくて素敵な笑顔をもっている。

すごいよな~。

きっと、若いときから子供を育ててるからこんなに優しくなれるんだろうな。

 

14歳で結婚して子供を育てるってすごいことだと思うよ。
少なくとも甘アマ育てられた俺達にはなかなかできないことなんじゃぁないあなぁ。

日本だったら離婚続出だろうね(笑)

それを笑顔で育ててる彼らは偉い!

15才以下で子どもを産んだら日本では異端児だけど、ここではごく普通のこと。
そして、子どもに対しての責任を10代で持つことも普通のこと。

彼らの普通を、俺達はつい自分の基準で「そんなのは間違い」とか「えらい!!」とか
判断しがちだけれど、人は10代で子どもを産む能力が備わってるわけだし、
10代でそういう責任感を身につけてるっていうのはもしかしたら当たり前のことかもしれないね。

もちろん、日本と同じようにフィリピンにも10代の出産に伴うさまざまな問題がある。

それでも彼らはみんな一生懸命に家族を養って、笑顔で生きているんだよね。


俺らも負けねぇぞ!!